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【編集局から】亡者記事の名前に鮮明な記憶 「オウム捜査に尽力、警視庁捜査1課長」に合掌

 ある程度の齢を重ねると、朝刊でまず目をやるのは新聞社でいう亡者(死亡)記事。2週間ほど前、「オウム捜査に尽力、警視庁捜査1課長」という見出しが目に止まった。寺尾正大氏。享年78。四半世紀たった今でも、この名前は鮮明な記憶として残っている。

 1994年、オウム真理教による松本サリン事件が起きた時は鑑識課長で、「(教団は)必ず東京で事件を起こす」と部下に猛毒の対処法を密かに研究させていた。捜査1課長に異動した後の翌年3月に起きた地下鉄事件では、発生2時間後に「原因物質はサリン」と発表し、多くの命を救った。

 捜査の総指揮を執り、「影の警視総監」と言われるほど教団と激烈な戦いを続けた。対マスコミにも容赦なく、特ダネを書けば「出入り禁止」の連続だった。捜査に支障をきたすからだ。

 ある時、教団犯罪の根幹と言える「目黒公証役場事務長監禁事件」の全容を入手した。事務長が暴行のうえ亡くなり、教団施設で電磁波で焼かれ、山梨県内の湖畔に遺灰がまかれた-という1面トップ級の特ダネだった。

 特ダネは捜査1課長に確認するのがルール。同僚が当てると、「そうか、そこまで知っているのか」と一言。悲惨な結末を、どう御遺族に伝えればいいのか迷っていたとも聞いた。もちろん、出入り禁止はなかった。

 警視庁でノンキャリアのトップまで上り詰めた後、長患いをしていたと聞く。合掌。 (光)