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【日本の元気 山根一眞】思い出したアマゾンでの「森林農業」普及 アグロフォレストリーとして世界に広まる (1/2ページ)

 今回は、年縞(ねんこう)博物館出勤時の定宿(ビジネスホテル)で余裕をもってキーボードが使える「自作」道具を書くと前回予告していましたが、「材料」が間に合わず先延ばしします(恐縮です)。

 その福井県若狭町の年縞博物館が立地する三方五湖は、ラムサール条約の湿地登録されている生物多様性に富んだ地域だ。そこで福井県がこの地に里山里海湖研究所を開所したのは2013年だった。

 三方五湖は日本海にも接しているので「さとうみ」を「里山里海湖」と表記している。その活動拠点のひとつは年縞博物館と同じ建屋にある。研究所長は環境学と造園学が専門で福井県立大学学長でもある進士五十八(しんじ・いそや)さんだ。

 3月に年縞博物館に出勤した際、進士さんが同館に預けていた私あての書類を手渡された。その中には私がブラジルのアマゾンで取材した日本人移住者、坂口陞(のぼる)さんとの対談記事のコピーが入っていた。「友人から手に入れたコピーです。私も坂口さんと何度かごいっしょし、うれしくなって」という進士さんのメッセージが添えられていた。

 1933年生まれの坂口さんは東京農業大学で林学を学んだ後、ブラジルへ渡り、日本人移住地トメアスでコショウ栽培を続けていた。50-60年代初頭、トメアスでは空前のコショウ景気が起こり、莫大(ばくだい)な富がもたらされた。

 だが、やがてコショウの樹にフザリウム菌による病害が蔓延(まんえん)。私が初めて現地を訪ねた72年には、コショウの樹の添え木だけが墓標のように地平線まで続く荒れ地になっていた。

 「何かがおかしい」と疑問を抱いた坂口さんは、コショウの原産地である東南アジアを訪ね、大発見をする。コショウは森林の日陰に育つ植物なのにアマゾンでは炎天下で栽培。大量の化学肥料と強力な太陽エネルギーによって大量の実をつけたが、コショウの樹は疲弊し病原樹によって枯死したのだ。

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