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【東京五輪と自衛隊】単なる曲技飛行チームではない「どんな困難も乗り越えられる」ブルーインパルスのメッセージ (1/2ページ)

 航空自衛隊のアクロバット飛行チーム結成への反対を押し切り、これを推し進めたのは、源田実・航空幕僚長だったという。当時の経緯は、武田頼政著『ブルーインパルス 大空を駆けるサムライたち』(文春文庫)に詳しい。

 源田氏といえば「源田サーカス」と名を馳せた、かつての海軍戦闘機パイロットである。チーム創設の意義を解さないはずはない。「剛腕」で知られ、その政治力で参院議員までのぼりつめた同氏は、議員時代にカーチス・ルメイ米空軍参謀長の叙勲を推し進めたこともあり、いまなお厳しい評価をする日本人も多い。

 ルメイ氏は、日本への無差別爆撃や原爆投下を指揮した張本人だったが、戦後、空自創設に貢献したとして叙勲されたのだ。

 自衛隊が創設された当時、あらゆる隊員が戦争を経験していた。ある者は仲間を失い、ある者は家族を失い、傷を負っていない者などいなかった。米軍の指導によりつくられる自衛隊の歴史に、じくじたる思いを抱いていた者もいたことだろう。

 死線をくぐり、死を目の当たりにしてきたパイロットたちが、戦後になってなお命知らずの曲技飛行に挑んだことには、きっと深い意味がある。そう思わせたのは「ブルーインパルス」命名の経緯だ。

 この名は、広島・呉で原爆を体験した隊員が山越に見た「青い閃光(せんこう)」の強烈な印象から名付けられたのだという。

 それだけに、「ブルーインパルス」が、敗戦から這い上がって間もない「平和の祭典」東京五輪(1964年)で上空に五輪を描いた意義はあまりにも大きかった。

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