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【経済快説】五輪の辞任・解任劇の意味を考える  (2/2ページ)

 一方、過去の行為を反省しても、社会的に「キャンセル(排除)」されかねない状況は、過去の不祥事を隠蔽しようとする動機と、「反省しても無駄かもしれない」と反省に対して消極的になりかねない誘因という2つのネガティブな効果を持つ。

 また、法的な手続きの外で、社会的圧力で個人や企業を葬ろうとすることは、基本的人権の観点から行き過ぎになる場合がありそうだ。個人の排除や会社の製品に対する不買運動は、社会的に意見を主張する方法として強力だが、「やってもいい範囲」にはおのずと限界がある。もちろん、排除を主張する人も自らが反論を受け付け、行動が不適切だった場合には責任を取る用意を持つべきだろう。

 おそらくは「真剣に謝った過ちは許される」と世間が相互に了解するような倫理の下で物事を処するのが、不適切行為への厳しさと、本人が反省するモチベーションとのバランスを取る上で適切なのだろうと思われる。

 目下、トラブルと不寛容の両方が悪目立ちする残念な五輪である。(経済評論家・山崎元)

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