記事詳細

【昭和のことば】「団塊の世代」に親しまれた風習「合ハイ」(昭和40年)

 「合コン」は平成の世まで生き残ったが、このことばは昭和とともに絶滅した。「合ハイ」とは男女が(一種の出会いを求めて)合同でハイキングに行くことを指す。1960年代ぐらいからその存在は知られていたが、いわゆる「団塊の世代」に親しまれた風習ゆえ、多くの団塊の世代が大学に進学したこの年を代表年とした。

 酒ではなく自然環境の下で「恋愛」を探す。後輩からすると、その純朴さにまぶしささえ覚えるが、先輩方のこの感性は、しっかりと「壮年期登山」に引き継がれているのかもしれない。

 この年の主な事件は、「日本航空『ジャルパック』発売開始」「愛知県犬山市の明治村開村」「ベトナムに平和を! 市民文化団体連合(ベ平連)、初のデモ行進」「東京農大ワンダーフォーゲル部員の1人、上級生のしごきで死亡」「山一證券に、無制限・無期限の日銀特別融資発表(山一證券事件)」「日本サッカーリーグ開幕」「家永三郎、教科書検定を違憲とし、国に対し賠償請求の民事訴訟」「名神高速道路全面開通」「朝永振一郎、ノーベル物理学賞の受賞決定」など。

 この年の映画は、『飢餓海峡』『赤ひげ』。洋画では『サウンド・オブ・ミュージック』がはやった。プロ野球南海の野村克也が三冠王達成。テレビでは『11PM』や『オバケのQ太郎』が人気となった。

 令和の時代。エコブーム、ウィズコロナのアウトドア志向、酒離れ、健康志向など、「合ハイ」再ブーム化の可能性はじゅうぶんだ。若者よ、スマホから目を上げ、女子と自然のなかへ、いざ! =敬称略 (中丸謙一朗)

 〈昭和40(1965)年の流行歌〉 「涙の連絡船」(都はるみ)「知りたくないの」(菅原洋一)「柔」(美空ひばり)

関連ニュース