万歳三唱 「客の幸せや繁盛を願う儀式」の位置づけも一考

2012.12.04


衆院解散で万歳する議員【拡大】

 先頃、野田内閣が解散した国会で、議長が解散を宣言すると議員たちが一斉に万歳するシーンがテレビで流れた。なぜ解散時に万歳か?

 それには、かつて天皇が解散のその場に立ち会われたため「天皇陛下万歳」という意味があるとか、また大きな声を張り上げて万歳すると次の選挙に勝つという縁起を担ぐためなどという説がある。国会の万歳は1897(明治30)年からの習慣だという。

 万歳は慶賀・歓呼の言葉であり、中国では西周(紀元前1027〜771)時代の青銅器に「限りなく永遠」を意味する「万年無疆」の文字が刻まれている。また、万歳は万年を意味し皇帝の寿命にのみ使われる言葉で、これがはじめ用いられたのが不老不死を願った秦の始皇帝の時だとか。

 わが国でも788(延暦7)年に桓武天皇が雨乞いに成功したとき、群臣たちが万歳と唱えたという。かように古くからある言葉だが、「万歳三唱」をするようになったのは、明治になってから。

 1889(明治22)年2月11日、大日本帝国憲法が発布された折、青山観兵場へ臨幸する明治天皇を宮城正面で帝国大学の教職員や学生、高等師範学校らの幹事が迎えた。その際、後に東京帝国大学総長となる外山正一教授の音頭で「万歳」を3回歓呼したことがはじまり。

 三唱の提案者は帝大の和田垣謙三博士といわれる。その時、本当は「万歳、万歳、万々歳」とするはずが、最初の万歳で明治天皇の馬が棒立ちとなってしまったため、2度目は小声になり、3番目は発せられなかったという。予定通り発せられていたら今も万歳、万歳、万々歳となっていたかも知れない。

 ■『企画のヒント』

 イベントでの〆には手締めなどもあるが、特に慶事の意味合いが強い時には万歳三唱が行われる。ところが、長野県では以前から飲み会や忘年会、新年会、時には卒業式や運動会の〆として万歳が行われている。

 万歳は、もとは皇帝や天皇に対する敬意の表現であったかもしれないが、長野では「おつかれさま」という意味あいが強い。そうした位置づけを考えると、イベントの〆としてだけでなく、商談が成立したときなどに客の幸せや繁盛を願う儀式として万歳を三唱する習慣を根付かせたらおもしろい。(広告・イベント研究家 熊野卓司)

 

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