江副浩正&塩路一郎編 打ち解けぬまま逝ってしまった

2013.02.27


江副浩正さん、いい人だったけど、最後まで打ち解けられなかった【拡大】

 2月、私にも少し関わりのある2人の訃報を聞いた。

 まず、リクルート(現リクルートホールディングス)の創業者で、リクルート事件の主役として知られる江副浩正さん。

 1989年に逮捕された江副さんは、13年におよぶ裁判の末、2003年、執行猶予つきの懲役3年の刑が確定した。その間、江副さんはダイエーの中内功会長(当時)に保有するリクルート株を売却した。その縁で、中内さんと親しかった私の会社にもよく顔を出した。

 そして、私の持つ東麻布、霞町(西麻布)の土地に一緒にマンションを建てようという話になった。土地は私、カネは江副さんという計画だったが、バブル経済が弾けて私の土地にも担保がつき、江副さんは乗らなかった。

 昔はよくしゃべっていた印象があったが、逮捕された後は冗談も言わなくなった。取り調べで、検事が机を蹴ったり、壁に向かって長時間立たされたといわれる。これ、私の逮捕のときと同じだ。

 江副さんは全然悪いことはしていない。「1000人の嘆願書を取れば、執行猶予が取れるよ」と勧めたことを覚えている。

 いい人だったけど、結局、最終的には私とは打ち解けなかった。戦災孤児で小学校も5年までしか行っていない雑草と東大卒のエリートでは、やはりニオイが違ったのか。

 もうひとりは、日産自動車労組のリーダーで自動車総連の会長も務めた塩路一郎さん。“労働貴族”ともいわれたが、森繁久彌さんが三浦半島に造った佐島マリーナに江戸川からボートを移したとき、すでに塩路さんはヨットを留めていた。

 その後、のちに日産の社長になる石原俊さん(当時は副社長)も佐島に入ってきた。やはりこの2人、初めから仲はよくなかった。積極的に海外進出を進めた石原さんは、英国工場建設を計画、塩路さんは猛反対した。

 みんなでカツオ釣りに出かけたとき、大島・波浮(はぶ)の港に留めた船の中で遺恨の対決が始まった。さすがに私も「塩路さん、それ、言い過ぎだろ」と止めたほど。その後、逗子マリーナを気に入った私が、船の係留を申し込むと、石原さんも「私も移りたい」と言う。やはり塩路さんと同じマリーナは嫌だったのだろう。

 労働界から引退した塩路さんは、私の会社の顧問として、5年間、マンションのコンピューターシステム導入の仕事をした。かなりの給料を払ったと記憶する。その後、風の便りに「麻布の渡辺さんのところは敷居が高い」と言っていたという。

 江副さんは享年76。塩路さんは享年86だった。 (次回3月12日は「政治家交流編」)

 ■渡辺喜太郎(わたなべ・きたろう) 麻布自動車元会長。1934年、東京・深川生まれ。22歳で自動車販売会社を設立。不動産業にも進出し、港区に165カ所の土地や建物、ハワイに6つの高級ホテルなど所有し、資産55億ドルで「世界6位」の大富豪に。しかし、バブル崩壊で資産を処分、債務整理を終えた。現在は講演活動などを行っている。著書に『人の絆が逆境を乗り越える』(ファーストプレス)。

 

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