福江城 幕末に建築された国内唯一の海城

★福江城

2013.11.24

 福江城(別名・石田城)は、肥前国(長崎県)福江藩、最後の藩主、五島盛徳(ごとう・もりのり)時代の文久3(1863)年6月、15年の歳月と2万両の公費と延べ5万人を動員して、五島列島・福江島に五島氏の居城として完成する。城郭は東西291メートル、周囲2246メートル、城壁の三方を海に囲まれた日本で唯一の海城だ。

 幕末期の海上防衛や異国船の来訪に備え、徳川幕府に願い出て築城を許可されたこともあり、城内には台場(砲台)が設けられていた。松前城(北海道松前郡松前町)とともに、幕末に築城された貴重な城郭の1つである。

 縄張は本丸、二ノ丸、北ノ丸からなり、内堀、外堀がめぐらされ、天守は設けられず、代わりに本丸の二層櫓が天守の役目を担った。また、城壁には矢を放つ目的と、監視を兼ねた3角の矢狭間(やざま)があり、広角に攻められるように、外に向かって開いているのが特徴だ。

 江戸時代最後に築かれた城のため、「日本最後の城」「日本一新しい城」とも称されていたが、築城から9年後の明治5(1872)年に解体された。

 現在、城の裏門である蹴出門(けだしもん)、堀、土塀の一部や石橋が現存し、野面(のづら)積み工法を多用した石垣群も残る。本丸跡には、県立五島高校、二ノ丸跡には五島氏の祖を祭る城山神社、五島観光歴史資料館や文化会館、図書館が立ち並び、五島市の文化ゾーンになっている。

 福江城内は、五島氏10代藩主、盛成(もりあきら)が安政5(1858)年から2年の歳月をかけて完成させた隠殿(隠居所)である五島邸庭園がある。老木が茂る庭園は、京都の金閣寺丸池を模した林泉式庭園で、京都の僧、善章に造らせた。

 城郭内の庭園としては全国的にも保存例が少なく、平成3(1991)年11月には国指定名勝となる。現在でも、五島氏当主、五島英子さんが住んでいる。 =次回は高松城

 【所在地】長崎県五島市池田町1の1
 【城地の種類】平城(海城)
 【交通アクセス】福江島福江港下車、徒歩5分

 ■濱口和久(はまぐち・かずひさ) 1968年、熊本県生まれ。防衛大学校卒業。陸上自衛隊、舛添政治経済研究所、栃木市首席政策監などを経て、現在、拓殖大学客員教授、国際地政学研究所研究員。日本の城郭についての論文多数。

 

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