戦火に消えた沖縄の鉄道遺跡を探る 軽便鉄道のレール、サトウキビ運搬機関車も

2014.01.31

連載:旅日和


壺川東公園に保存されているサトウキビ列車【拡大】

 沖縄で那覇から北部の名護市までの約70キロを結ぶ長距離鉄道の建設構想が進行している。政府も普天間基地の返還と再開発を念頭に、財政支援を検討しているという。沖縄の鉄道といえば、現在は開業10周年を迎えた那覇市内のモノレール(ゆいレール)だけ。だが、この那覇〜名護間の計画ルートに沿うように、戦前には沖縄県営鉄道嘉手納線という軽便鉄道が走っていた。激しい沖縄戦のさなかで消滅してしまった列車の面影を、現地で探ってみた。

 沖縄本島の玄関口・那覇空港からゆいレールの高架下を5分ほど歩いたところに、ゆいレール展示館がある。本来はモノレールの資料館だが、戦前の沖縄の鉄道に関する貴重な資料なども展示している。

 壺川駅近くにある壺川東公園は軽便鉄道の路線跡に位置しており、1983年まで運行していた南大東島のサトウキビ運搬機関車が保存されている。以前はここに軽便鉄道の本物の線路も展示されていたが、盗難にあったらしく現存しない。

 壺川駅の次の旭橋駅からは、那覇バスターミナルの全景が見下ろせる。ここは戦前、軽便鉄道の那覇駅だったところ。車庫から出てきたバスが行き先別の屋根付きホームに停車する様子は、鉄道ターミナルの雰囲気を感じさせる。

 嘉手納線は次の古波蔵から北へ分岐し、今はパイプライン通りと呼ばれる道路上を北上していた。この辺りの探索は専ら自動車に頼るしかないが、渋滞に巻き込まれることも少なくない。

 幸運なことに、私が乗ったタクシーの運転手は戦前生まれで、子供の頃に嘉手納線に乗ったことがあるとか。嘉手納線がパイプライン通りを走っていたこともよく知っていた。廃線跡歩きではこうした年配者の証言が貴重である。

 だが、その運転手さんも存在を知らなかったのが、パイプライン通りの屋富祖郵便局の真向かいの植込みに保存されている嘉手納線の線路だ。線路は鉄屑として再利用しやすいため撤去されやすく、現物が残る例は少ない。壷川東公園のように盗難に遭わないように願いたい。このほか、宜野湾市の市立博物館には、駅跡から出土した客車の台車が展示されている。

 終点の嘉手納駅は、広大な嘉手納空軍基地の近くにあった。区画整理されていて当時の痕跡は全くないが、嘉手納駅跡地であることを示す記念碑が、役場近くのロータリーに建てられている。那覇で会ったあのタクシー運転手によれば、戦前はこの嘉手納駅から馬車に乗り換えて読谷方面に向かったという。 (小牟田哲彦)

 

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