織田信長に再び脚光…桶狭間古戦場、ゆかりの地を歩く (1/2ページ)

2014.12.05

連載:ライフ


信長が戦勝祈願した熱田神宮【拡大】

 ここへきて、織田信長が再び脚光を浴びている。NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」や静岡大学の小和田哲男名誉教授が桶狭間合戦に関して新説を発表したことなどが影響しているらしい。ゆかりの桶狭間古戦場跡や旧東海道有松宿などを歩いた。 (清丸恵三郎)

 【神社で旅の無事祈願】

 桶狭間の戦いは永禄3(1560)年5月に、上洛を目指す今川義元が2万5000余の大軍を率いて、尾張統一を成し遂げたばかりの信長に襲いかかった。織田勢は4000余り、劣勢は覆うべくもない。

 19日未明、信長は幸若舞「敦盛(あつもり)」をひとさし舞い、立ちながら湯漬けを食べ、慌しく清洲城を出陣した。目指したのは熱田神宮。ここで戦勝祈願をするとともに、後続の将兵を待ったのである。

 なので、まずは熱田神宮へ。平日ながら、さすがに三種の神器の1つ「草薙の剣」を祭る由緒ある神社だけに参詣客が絶えない。広い境内には桶狭間戦勝後に信長が奉納した塀も残り、両者の深い縁を感じさせる。当方もここで旅の無事を祈る。

 次に目指したのは鷲津砦(わしづとりで)跡。今川勢がまず攻めかかった織田方の拠点だ。信長が出撃したのは、鷲津砦などへの攻撃開始を聞いてである。砦跡はJR大高駅近く。訪れる人もなく森閑としていた。小高い丘だが、さすが砦跡だけあってけっこう急勾配で、空堀の遺構とおぼしきものも。徳川家康が今川方として守備についた大高城にも足を延ばす。

 近くには銘酒「醸し人九平次」で知られる万乗酒造の酒蔵が。寛政元(1789)年創業の旧家だけに、風格ある母屋や蔵、土蔵などが登録有形文化財に指定されている。中をのぞかせてもらうと、若い蔵人たちが酒米を洗う作業に取り組んでいた。「秒単位の作業です」というだけに、緊張感が漂っていた。

 

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