一時の感情ですべて無にした加藤明成 家臣の出奔に怒り収まらず改易 (1/2ページ)

2015.07.24


イラスト・奈日恵太【拡大】

 豊臣秀吉に仕え、賤ヶ岳(しずがたけ)七本槍のひとりに数えられた加藤嘉明(よしあき)は、関ヶ原の戦いで東軍の主力として貢献。築城名人でもあり、地味ながらも晩年は会津40万石の大大名に出世している。

 そんな父の後を継いで会津藩2代目藩主となったのが、加藤明成(あきなり)だ。明成は会津地震で倒壊した若松城を再建し、猪苗代湖の水を会津盆地に引き込む潅漑(かんがい)工事を行うなど、積極的に城下町の整備に尽力した。だが、庶民の困窮ぶりにはまったくの無策で、民衆には嫌われた。現代でも無用なハコモノばかり造って財政を悪化させてしまう政治家がいるが、まさにそんなタイプだった。

 そんな彼が大ピンチに陥ったのは、藩主となって8年目のこと。父の代からの重臣で、右腕的な存在だった堀主水(ほり・もんど)が、明成に反発して一族郎党300人を従えて出奔したのである。主水は藩政の要ともいえる重臣だったが、有能とは言えない藩主に苦言を呈することもしばしばで、明成にしてみれば煙たい存在となっていた。

 そんな時、明成の家臣と主水の配下だった武士との間でケンカ騒ぎがあり、明成はここぞとばかりに、主水にとって非常に厳しい裁決を下したのだ。恥をかかされた形の主水が、「ブチ切れ」して城を出た形だが、怒りのあまり城に向かって発砲するわ、橋を焼き落とすなど、強烈な仕返しをしていった。

 

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