【戦後70年と私】テリー伊藤氏 テレビマンとしてアメリカを追い越そうと奔走した半生 (1/2ページ)

2015.08.06


東京五輪を境に面白くなっていった日本のテレビ。テレビマンとして「アメリカにはないオリジナルにこだわった」とテリー氏【拡大】

★演出家・テリー伊藤氏

 1949(昭和24)年生まれの私が物心ついたころ、真っ先に洗礼を受けたのが、アメリカのテレビ文化だった。

 『パパは何でも知っている』『うちのママは世界一』などのホームドラマや『ローハイド』『ララミー牧場』などの西部劇、『サンセット77』『サーフサイド6』などの探偵モノ…。

 ボートハウスに住むという『サーフサイド6』のライフスタイルは見たこともなかった。こんな驚きがたくさんあった。

 ホームドラマも大型冷蔵庫に食べ物が詰まっていたり、家の中で靴を履いていたり、週末に女の子とデートしたりと、知らなかったことばかり。

 『ローハイド』で調理人のウィッシュボーン爺さんが作ったベーコンとビーンズのシチューに、カウボーイたちが「何だ、今日も豆か」と文句を言っているシーンがあったけど、それすらもおいしそうに思えた。食べてみたかった。

 同じく『ローハイド』のジーパンのままドラム缶の風呂に入るシーンも新鮮に思えて、当時、家に風呂がなかった私は、水道からホースを伸ばし、ジーパンを履いたまま頭から浴びて、西部の男の気分になっていた。

 私が子供のころ、アメリカの兵隊が当たり前のように街を歩いていて、休日になるとでっかいオープンカーを乗り回していた。私たちは1時間10円の貸自転車に乗っている時代だから、「なんじゃ、コレは」と、うらやましかった。

 

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