駿府城とお大の方(2) 最期は家康に見守られ (1/2ページ)

★駿府城とお大の方(2)

2015.10.17


駿府城(提供写真)【拡大】

 松平広忠(ひろただ)と離縁することになったお大(だい)の方は、家康を岡崎城(愛知県岡崎市)に残したまま、実家である、兄、水野信元(のぶもと)の居城、刈谷(かりや)城(愛知県刈谷市)に戻った。

 その後、政略結婚で、織田信秀(のぶひで)に味方する久松俊勝(としかつ)と再婚するが、家康のことを忘れることはなかった。

 お大の方に代わって家康を養育したのは、家康の祖父、清康(きよやす)の妹、お久(ひさ)だ。お久もお大の方と同様に、夫が松平氏に背いたため、離縁して岡崎城に戻っていた。お久は家康を自分の子のように愛情を注いで育てた。

 家康が6歳になると、今川氏の人質として駿府(すんぷ)城(静岡市)に向かう。ところが、家臣の裏切りで織田氏の人質となり、万松(ばんしょう)寺(愛知県名古屋市)に預けられる。

 お大の方の住む阿久比(あぐい)城(愛知県阿久比町)と万松寺とは近かったため、お大の方はひそかに侍女を遣わし、家康のために、着物や菓子などを届けさせた。

 家康は、織田氏の人質を2年で解放されると、今度は今川氏の人質となった。家康は祖母、お富の方を駿府城に呼び寄せる。心細い人質生活のなか、お富の方の存在は心強い存在だった。

 永禄3(1560)年5月、家康とお大の方が16年ぶりに再会する機会が訪れる。今川義元(よしもと)の上洛に際し、出陣した家康は、阿久比城を訪れたのだ。俊勝は織田氏に味方していたが、お大の方の願いを聞き入れ、ひそかに家康を城に入れた。

 

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