前回、9月に訪ねたイタリア世界遺産巡りの報告を兼ねてヴァティカン市国を紹介しましたが、今回は引き続きイタリアの世界遺産で「水の都」と呼ばれるヴェネツィアについて語りたいと思います。ヴェネツィアは今でこそイタリアの一都市ですが、ナポレオンに取り潰されるまでは「アドリア海の女王」とも称された海の共和国でした。
イタリアの国旗は緑・白・赤の三色旗ですが、これは陸上での旗で、海上の商船旗には中央の白い個所に金色のロープで囲まれた4つの紋章があります。これはアマルフィ、ピサ、ジェノバ、そしてヴェネツィアというイタリアの「4つの海の共和国」、すなわちかつて地中海を「われらの海(マーレ・ノストゥルム)」と呼んで海上貿易を独占した4つの海洋都市国家の国旗です。
その中でもヴェネツィアはビザンティン(東ローマ)帝国分割で莫大(ばくだい)な利益を獲得し、「ヴェニスの商人」の活躍もあって最も繁栄した共和国でした。
ヴェネツィアの中心は周囲を壮麗な建物で囲まれたサン・マルコ広場で、ナポレオンはこの広場を「屋根のない宮殿」と評したそうです。広場の東側に立つサン・マルコ大聖堂には、9世紀にアレクサンドリアから運ばれてきた福音書記者の一人聖マルコの遺骸が安置され、ヴェネツィア共和国はこの聖マルコを国の守護聖人としました。
ヴェネツィア人はカトリック教徒でしたが、商取引上ではビザンティン帝国と深い関係にあったので、サン・マルコ大聖堂ではビザンティン皇帝を首長とするギリシャ正教の影響を受けた建築様式が採用され、壁面はモザイク装飾で基本プランがギリシャ十字になっています。
大聖堂の筋向いには鐘桜(カンパニーレ)があり、見学者はエレベーターで高さ約55メートルの鐘屋まで登ることができます。ここからの眺望は素晴らしく、海に囲まれた多くの島々から成るヴェネツィアの全景を見渡すことができ、サン・マルコ大聖堂やゴシック式のドゥカーレ宮殿(ベネツィア共和国の総督邸兼政庁)、さらにはヴェネツィアのシンボル「翼のあるライオン」像の柱も眼下に見ることができます。
塩野七生さんのヴェネツィア共和国について書かれた本のタイトルが、「水の都の物語」ではなく「海の都の物語」となっているのはこの景色から理解できます。すなわち、ヴェネツィアは水の上で静かに生きた人々の都ではなく、「海よ、お前と結婚する」と言って果敢に海に出て逞しく生きた人々の都だったのです。
■黒田尚嗣(くろだ・なおつぐ) 慶應義塾大学経済学部卒。現在、クラブツーリズム(株)テーマ旅行部顧問として旅の文化カレッジ「世界遺産講座」を担当し、旅について熱く語る。