春日局と黒井城 秀吉に敗れ父は処刑 「大奥」の基礎を築く (1/2ページ)

★春日局と黒井城

2015.10.31


黒井城(提供写真)【拡大】

 黒井城(兵庫県丹波市)は、築城年代は不明だが、南北朝時代に赤松貞範(さだのり)によって築かれた。その後、戦国時代に、赤井氏の居城となった。

 天正5(1577)年10月に始まった明智光秀(みつひで)による丹波国(京都府中部・兵庫県北東部・大阪府北部)攻略の際、赤井直義(なおよし)は降伏し、落城。光秀の家臣、斎藤利三(としみつ)が城主となり、現在に残る城の規模に拡張した。

 利三の娘である春日局(かすがのつぼね)は天正7(79)年、黒井城で生まれた。春日局は、歴史ドラマや映画などで多くの女優が演じている。昭和59(1984)年に放送されたNHK大河ドラマ「春日局」では、大原麗子が春日局を演じたが、平均視聴率は大河ドラマの歴代3位となる32・4%を記録した。

 ちなみに、春日局という名前は、のちに朝廷から賜った称号で、本名は斉藤福(ふく)という。

 天正10(1582)年6月2日、利三は光秀に従い、京都・本能寺で織田信長を討つが、山崎の合戦で羽柴(後の豊臣)秀吉に敗れると、捕えられ処刑された。

 春日局は、黒井城から母方の実家である稲葉氏に引き取られ、親戚に当たる三条西公国(さんじょうにしきんくに)に養育される。

 成人となった春日局は、伯父の稲葉重通(しげみち)の養女となり、稲葉氏の縁者で小早川秀秋(ひであき)の家臣、稲葉正成(まさなり)の後妻となった。正成は慶長5(1600)年の関ヶ原の合戦で、秀秋を説得して小早川軍を徳川方(東軍)に寝返らせ、徳川家康を天下人に導いた功労者の1人となる。

 

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