松本城と松姫 早世…家運傾き、祟りの噂 (1/2ページ)

★松本城と松姫

2015.11.14


松本城【拡大】

 黒を基調とした優美な姿を見せる松本城(長野県松本市)。一番の見どころは、国宝に指定されている高さ約32メートルもある5層6階の大天守と、それに連なる本丸内の天守建築群である。

 大天守の北西には乾(いぬい)小天守が建ち、渡(わたり)櫓で結ばれ、南東に辰巳附(たつみつけ)櫓、東側に月見(つきみ)櫓が建ち、まるで烏の群れが飛んでいるかのように見える。

 元和3(1617)年、7万石を与えられ、松本城の城主となった戸田康長(やすなが)の正室が松姫だ。

 父親は久松俊勝(としかつ)、母親はお大(だい)の方(かた)であり、徳川家康と松姫は異父妹の関係にある。お大の方が、家康の父、松平広忠(ひろただ)と離別し、俊勝と再婚してから産んだのが松姫だった。

 家康は、康長が仁連木(にれんぎ)戸田氏の家督を6歳で継ぐと、5歳の松姫を許嫁(いいなずけ)にした。天正6(1578)年ごろに輿入れさせ、康長の正室とする。その後、康長は、徳川氏の家臣となり家康を支えた。

 松姫は、母親似のふくよかな美人で、康長との夫婦仲は良好であったようだが、長男、永兼(ながかね)を産んで間もなくの天正16(88)年、仁連木城(愛知県豊橋市)で亡くなる。24歳という短い人生であった。遺骸は、仁連木の全久院に葬(ほうむ)られた。

 松姫は、松本城に入城することなく亡くなったが、松本城近くの松本神社に祀られる。

 

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