徳川家康の側室、阿茶局と浜松城 武術に優れ戦場に同行 (1/2ページ)

★徳川家康の側室、阿茶局と浜松城

2016.03.12

浜松城天守
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 阿茶局(あちゃのつぼね)は、徳川家康が設けた側室のなかで、もっとも愛された女性だ。もとは名を須和といった。今年のNHK大河ドラマ「真田丸」では、女優の斉藤由貴が演じている。

 弘治元(1555)年、阿茶局は甲斐国(山梨県)甲府で生まれた。父、飯田直政は武田信玄の家臣だったが、その後、駿河・遠江国(静岡県)の大名、今川義元の家臣となる。

 19歳のとき、今川氏の家臣、神尾忠重(かんお・ただしげ)に嫁いだ。忠重が亡くなると、25歳のとき、家康の目に留まり、側室として浜松城(静岡県浜松市)で暮らし始める。

 阿茶局は馬術・武術にも優れていたようで、家康が戦場に赴く際、付き添って世話をした。天正12(1584)年の小牧・長久手の合戦では、妊娠中にもかかわらず同行したが、身体に負担がかかったのか流産してしまう。これがもとで子供を産めない身体になったが、その後も家康の寵愛は続いた。

 同じく家康の側室、西郷局(さいごうのつぼね)が亡くなると、秀忠(のちの徳川2代将軍)の養育係を担当する。秀忠も阿茶局を本当の母親のように慕った。このころから徳川家中でも、一目置かれる女性となっていく。

 家康は、将軍職を秀忠に譲り、駿府(すんぷ)城(静岡市)に隠居するときも、側室で阿茶局だけを連れていった。

 慶長19(1614)年の大坂冬の陣では、徳川氏側の使者として、大坂城(大阪市中央区)に出向き、豊臣氏側との和睦交渉にあたるなど、表舞台でも活躍した。家康が阿茶局を信頼していた証拠でもある。

 

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