息子救った信長に尽くす 織田信長の側室、お鍋の方と安土城 (1/2ページ)

★織田信長の側室、お鍋の方と安土城

2016.04.02

安土城大手道
安土城大手道【拡大】

 信長が最後に愛した女性が「お鍋の方」だ。

 天文14(1545)年、お鍋の方は、近江国(滋賀県)野洲郡北里村の豪族、高畠源十郎(真二郎とも)の娘に生まれる。時期は不明だが、山上城(滋賀県東近江市)を居城とする小倉賢治(かたはる)に嫁ぎ、甚五郎と松千代(松寿とも)という息子を産んだ。

 永禄7(1564)年、小倉氏は六角氏と激突して敗退する。賢治は逃げる途中で捕えられ、自害した。2人の息子は六角氏の人質として連れ去れる。

 お鍋の方は、織田信長に書状を書き、息子たちの救出を頼む。信長はかつて京都で斎藤義竜(よしたつ)の暗殺団に狙われた。その際、賢治は信長を助け、八風峠越えの難路を案内したのだ。

 信長はすぐ頼みを聞き入れて、六角氏から2人の息子を取り戻した。信長は、お鍋の方の美しさに引かれて側室とし、岐阜城(岐阜市)で暮らすようになる。2人の息子は信長の家来となる。

 お鍋の方は、信長との間に二男一女をもうけた。正室のいない信長の奥向きを取り仕切るようになり、御台所(みだいどころ=貴人の妻)の地位となった。

 信長が岐阜城から安土城(滋賀県近江八幡市)に居城を移すときも同行した。だが、安土城での暮らしは長くは続かなかった。

 

産経デジタルサービス

産経アプリスタ

アプリやスマホの情報・レビューが満載。オススメアプリやiPhone・Androidの使いこなし術も楽しめます。

産経オンライン英会話

90%以上の受講生が継続。ISO認証取得で安心品質のマンツーマン英会話が毎日受講できて月5980円!《体験2回無料》

サイクリスト

ツール・ド・フランスから自転車通勤、ロードバイク試乗記まで、サイクリングのあらゆる楽しみを届けます。

ソナエ

自分らしく人生を仕上げる終活情報を提供。お墓のご相談には「産経ソナエ終活センター」が親身に対応します。