富田信高の正室と宇和島城 家康を感動させた妻の武勇 (2/2ページ)

2016.04.09

宇和島城
宇和島城【拡大】

 信高は戦に負けたが、東軍が関ケ原で勝利したため、安濃津5万石を安堵された。家康は信高の奮戦もさることながら、妻の武勇に感動したといわれている。

 慶長13(08)年、信高は伊予国(愛媛県)宇和島藩12万石に移封となった。事件はその後、起こった。

 慶長18(13)年、信高は、妻の願いを聞き入れ、津和野藩(島根県津和野町)で刃傷沙汰を起こした妻のおい、左門を匿ったのだ。

 これに怒った津和野藩主、宇喜多直盛(=信高の妻の異母弟)は再三、左門の引き渡しを求め、徳川幕府にも訴え出た。

 幕府は、左門を匿った信高を改易し、陸奥国棚倉(福島県棚倉町)へ配流にする。わずか5年間の宇和島城主であった。

 信高にしてみれば、安濃津城の合戦で一度は死を覚悟した身である。配流になっても、妻を恨むことはなかった。その後の信高夫婦の詳細な記録は残っていない。

 =次回は石田三成の正室、うたと佐和山城(滋賀県彦根市)

 【所在地】愛媛県宇和島市丸之内1

 【城への行き方】JR予讃線「宇和島駅」から徒歩約15分で登り口。登り口から天守まで徒歩約20分

 ■濱口和久(はまぐち・かずひさ) 1968年、熊本県生まれ。防衛大学校材料物性工学科卒。陸上自衛隊、舛添政治経済研究所、栃木市首席政策監などを経て、現在、拓殖大学地方政治行政研究所客員教授、一般財団法人防災検定協会常務理事を務める。著書に『探訪 日本の名城 戦国武将と出会う旅(上巻・下巻)』(青林堂)など。

 

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