一の台と聚楽第 秀吉の側室だったが秀次の正室に (2/2ページ)

2016.04.30

西本願寺(京都市下京区)に移築された聚落第の遺構
西本願寺(京都市下京区)に移築された聚落第の遺構【拡大】

 秀吉にしてみれば、自分の側室だった女を、秀次が正室としたことに我慢ができなかったようだ。加えて、淀殿が最初に産んだ鶴松が3歳で死んだことで、自分には子供が2度と授からないと思って、秀次に関白職を譲っていたが、淀殿が秀頼(ひでより)を産んだことで、秀次の存在を邪魔に感じるようになる。

 秀吉は秀次に謀反の疑いがあるというデマを流し、関白職を解任すると、高野山に追放した。文禄4年7月15日、秀吉の命令により秀次は切腹させられる。28歳だった。

 この切腹に連座して、冒頭に述べた通り、一の台をはじめとする子女が斬首されたのである。

 秀吉は秀次を切腹させると、聚楽第を破壊し、資材の大半を伏見城(京都市伏見区)の造営に使用する。秀次一族のにおいも含めて、すべて消し去りたかったのだろう。

 聚楽とは「長生不老の楽しみを聚(あつ)むる」という意味があるが、聚楽第は約8年という短い存在だった。 =次回は養徳院と犬山城(愛知県犬山市)

 【所在地】京都市上京区堀川下立売北西
 【交通アクセス】JR京都駅からバスで約10分「堀川中立売」降車

 ■濱口和久(はまぐち・かずひさ) 1968年、熊本県生まれ。防衛大学校材料物性工学科卒。陸上自衛隊、栃木市首席政策監などを経て、現在、拓殖大学地方政治行政研究所客員教授、一般財団法人防災教育推進協会常務理事を務める。著書に『探訪 日本の名城 戦国武将と出会う旅(上巻・下巻)』(青林堂)など。

 

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