養徳院と犬山城 戦国見届けた信長の乳母 (2/2ページ)

2016.05.07

犬山城
犬山城【拡大】

 天正10(1582)年、信長が明智光秀(あけち・みつひで)の謀叛(むほん)により京都・本能寺で横死すると、信輝は羽柴(のちの豊臣)秀吉に仕える。

 秀吉が織田信雄(のぶかつ)・徳川家康の連合軍と戦った天正12(1584)年の小牧・長久手の合戦で、信輝は先陣を務めたが討死してしまう。

 このころ、養徳院は信長の乳母として、織田家中では「大御乳(おおおち)さま」と呼ばれ、一目おかれる存在だった。秀吉は息子を亡くした養徳院に対し、「これからは自分を信輝と思って何でも頼ってくれ」という内容の手紙を送り、信輝の遺児、輝政(てるまさ)に大垣城(岐阜県大垣市)を与えた。

 池田氏は、慶長5(1600)年の関ケ原の合戦では、徳川方(東軍)に味方する。このことで、養徳院は家康とも親交を深くする。

 晩年は信輝の菩提(ぼだい)を弔いながら、慶長13(1608)年、94歳でこの世を去った。 =次回は堀尾夫人と松江城(島根県松江市)

 【所在地】愛知県犬山市犬山字北古券65の2

 【交通アクセス】名鉄犬山線「犬山遊園駅」から徒歩約15分

 ■濱口和久(はまぐち・かずひさ) 1968年、熊本県生まれ。防衛大学校材料物性工学科卒。陸上自衛隊、栃木市首席政策監などを経て、現在、拓殖大学地方政治行政研究所客員教授、一般財団法人防災教育推進協会常務理事を務める。著書に『探訪 日本の名城 戦国武将と出会う旅(上巻・下巻)』(青林堂)など。

 

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