名古屋城 築城工事には役夫600万人が動員 最大級の天下普請 (1/2ページ)

★名古屋城(上)

2016.07.02

名古屋城
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 関ケ原の合戦に勝利した徳川家康は、慶長8(1603)年、征夷大将軍に任じられると、江戸に徳川幕府を開いた。

 家康にとって、幕府の基盤を盤石にするためには、大坂城(大阪市)にいる豊臣秀吉の遺児、秀頼は邪魔な存在だった。

 慶長15(10)年、家康は秀頼との最終決戦を前提として、畿内と関東の中間地点に巨大な城郭を築く必要を感じ、天下普請で、加藤清正、福島正則、黒田長政、蜂須賀至鎮(はちすか・よししげ)ら豊臣恩顧の外様大名20人に名古屋城(名古屋市)の築城を命じる。

 外様大名に普請を命じたのは、いうまでもなく豊臣恩顧の大名の財力を消耗させるためだ。

 名古屋城の築城工事には役夫が延べ600万人動員された。小天守を含む天守台の石垣は清正が単独で築き上げた。天守の作事奉行は茶人・作庭師でもある小堀遠州、大工棟梁は奈良法隆寺の大工で秀吉の大坂城築城に参加した中井正清(まさきよ)、大工頭は曾祖父が安土城(滋賀県近江八幡市)の天主(=安土城だけが天守のことを天主と呼ぶ)を築いた熱田神宮の宮大工である岡部又右衛門が担当した。

 築城開始から2年後に5層5階(1階が石蔵)の天守が完成する。元和元(1615)年11月までに大天守・小天守が建つ本丸を中心に、南東に二ノ丸、南に三ノ丸、南西に西ノ丸、北西に御深井丸が完成した。すべての工事が終わったのは大坂冬の陣の直前だった。

 

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