名古屋城(下) 大軍率い江戸に向かった義直 (1/2ページ)

★名古屋城(下)

2016.07.09

名古屋城
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 徳川家康は、大坂の陣に備えて天下普請で名古屋城(愛知県名古屋市)を築城させた。だが、名古屋城が大坂の陣で歴史の舞台に登場することはなかった。

 名古屋城初代城主となったのは、家康の九男、義直だ。義直は慶長5(1600)年11月28日、関ケ原の合戦の2カ月後に大坂城西ノ丸(大阪市)で生まれる。

 義直は九男であったが、第2代将軍、秀忠に次いで家康の寵愛(ちょうあい)を受け、慶長12年、尾張国62万石を与えられる。ここに徳川御三家筆頭、尾張藩が誕生した。

 義直が名古屋城に入城したのは慶長17(12)年で、同時に清洲城(愛知県清須市)を廃し、城下町もそっくり名古屋への移転を開始する。神社仏閣を含め強制移転させたため「清洲越し」という言葉が残されている。

 慶長20(15)年4月12日には、名古屋城本丸御殿で義直と浅野幸長の二女、春姫との婚儀がとり行われた。

 家康は両家の婚礼のため、駿府城(静岡市)を出発し、4月9日に名古屋城二ノ丸に入る。3月には、豊臣秀頼もお祝いのために使者を名古屋城に派遣している。

 春姫は、4月12日に和歌山城(和歌山市)を出発し、桑名から熱田へ船で渡り、名古屋城下の本町通りから名古屋城本丸に入輿して、婚礼の儀が執り行われた。

 嫁ぐに際し、春姫は、家康に白銀2000両・小袖10、義直の母、お亀の方に白銀1000両・小袖10を進上した。春姫の嫁入りが、現在の名古屋の豪華な結婚式のルーツだともいわれている。

 

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