三木城 籠城2年…飢餓で力尽く (2/2ページ)

2016.07.23

三木城跡の別所長治像
三木城跡の別所長治像【拡大】

 籠城から10カ月が過ぎようとしていた天正7(79)年2月、別所軍は城を出て秀吉軍の本陣めがけて攻撃を仕掛けるも、多大な犠牲者を出してしまう。

 翌8(80)年になると、城内の備蓄食糧は底を尽き、餓死者が続出する。のちに「三木の干殺(ひごろ)し」と呼ばれる悲惨な状態となった。

 別所氏は約2年にわたり、三木城に籠城し、秀吉軍と対峙したが、最後は力尽きて降伏する。長治は自分と一族の切腹を条件に、城兵の助命を嘆願した。秀吉が了解すると、正室の照子や子供たちとともに自刃して果てた。

 三木城開城後に秀吉軍が城内に入ると、餓死者の死体がいたるところに転がっていたという。

 三木城の落城により、播磨国はほぼ秀吉軍が掌握する。以後、秀吉軍は毛利氏に対する攻勢を強めていく。 =次回は安土城(滋賀県近江八幡市)

 【所在地】兵庫県三木市上の丸町
 【交通アクセス】神戸電鉄「上の丸駅」下車、徒歩約3分

 ■濱口和久(はまぐち・かずひさ) 1968年、熊本県生まれ。防衛大学校材料物性工学科卒。陸上自衛隊、栃木市首席政策監などを経て、現在、拓殖大学地方政治行政研究所客員教授、一般財団法人防災教育推進協会常務理事を務める。著書に『探訪 日本の名城 戦国武将と出会う旅(上巻・下巻)』(青林堂)など。

 

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