宇和島城 忍者も騙した藤堂高虎の“からくり城” (1/2ページ)

★宇和島城

2016.10.09

宇和島城
宇和島城【拡大】

 宇和島城(愛媛県宇和島市)は、築城の名手とうたわれた藤堂高虎(たかとら)が築いた城である。宇和島城には高虎によってさまざまな工夫が施されていた。

 寛永3(1626)年8月から10月にかけて、幕府隠密である伊賀、甲賀などの忍者が四国の各藩を探索した。大名の居城、城下町の状況、住民の風聞などをひそかに探り、『讃岐伊予土佐阿波探索書』なる報告書を幕府大目付に提出している。

 その中で、宇和島城の縄張(城の石垣や堀などの配置)の絵図面は四角形に描かれていたが、ほぼ同時期に宇和島藩みずからが作成した絵図面は五角形に描かれていた。これは何を意味するのだろうか。

 航空写真など撮れない時代に、宇和島城の縄張を探るには、城の周りを歩いてみるしか調べる方法はなかった。幕府隠密は辺の角の微妙な変化に気づかず、四角形と思い込んでしまったのだ。

 探索のプロである幕府隠密が、五角形の縄張を四角形の縄張と錯覚させる縄張こそが、宇和島城の「空角(あきかく)の経始(なわ)」と呼ばれるものである。

 日本では、城造り、城攻めなどの軍学の理論が作られたのは、江戸時代になってからである。戦国時代の武将の城造り、城攻めは、実践の中で体験として学んだものがほとんどであった。

 

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