二条城(下) 幕府終焉「葵」が「菊」の紋に (1/2ページ)

★二条城(下)

2016.12.04

二条城唐門
二条城唐門【拡大】

 徳川家康没後、第2代将軍、秀忠、第3代将軍、家光も上洛時の宿舎として二条城(京都市中京区)を利用した。その後は、将軍が上洛することはしばらくなく、二条城の歴史はいったん途絶えたことは前号で紹介した通りである。

 再び二条城が表舞台に登場するのは、幕末の動乱期、朝廷の権威が高まってからだ。第14代将軍、家茂(いえもち)は朝廷の要請に応えて、文久3(1863)年、将軍としては229年ぶりに上洛する。

 慶応2(1866)年には第2次長州征伐のため再上洛するが、大坂城(大阪市)で病に倒れ、21歳という若さでこの世を去った。その後を継いで第15代将軍となる慶喜(よしのぶ)は、二条城で将軍職を拝命した。

 幕府の終焉(しゅうえん)の舞台となったのも二条城で、慶応3(67)年、慶喜は上洛中の40藩の重臣を招集し、二条城の大広間で大政奉還について諮問し、10月14日に明治天皇へ上奏文を提出した。翌15日、天皇は参内した慶喜に大政奉還勅許の沙汰書を授け、大政奉還が成立した。

 それ以後、二条城のあらゆるところに打ってあった葵(あおい)の紋は取り外され、十六花弁の菊の紋に取って代わられた。

 現在、城全体が国の史跡となり、二ノ丸御殿が国宝となっている。内部は遠侍(侍詰所)、式台(老中等上級武士の御所)、大広間、黒書院、白書院と続き、平屋造りではあるが、特に各室の障壁画が見事である。鳥や虎といった鳥獣や、牡丹、檜、桜といった植物を題材にした画の数々は一日中眺めていても飽きないほどだ。他にも、20数棟の建物などが重要文化財となっている。

 

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