岡崎城(上) 語り継がれる家康の入城 (1/2ページ)

★岡崎城(上)

2017.01.22

岡崎城天守
岡崎城天守【拡大】

 三河国と呼ばれた愛知県東部の田園地帯、その平野を潤す矢作川のほとりに、岡崎の町が開けている。岡崎の町は、城を中心に造られ、現在も岡崎城は岡崎市内のほぼ中心に位置している。

 昭和34(1959)年、明治の廃城令で取り壊される以前に撮影された古写真をもとに再建された3層5階の天守がそびえ立ち、周囲に配された井戸櫓(やぐら)や巽櫓などとともに、江戸時代の姿が忠実に再現されている。

 岡崎城といえば、松平竹千代(のちの徳川家康)が生まれた城として有名だ。ただ、家康が生まれたときの岡崎城には立派な天守はなく、大手門や石垣もなかった。櫓や門は茅葺(かやぶき)で、土塁(どるい)をめぐらしただけの城であった。

 岡崎城はもともと、三河守護代の西郷稠頼(つぎより)が築き、それを家康の祖父にあたる松平清康(きよやす)が大永4(1524)年に攻め取って居城とした。だが、4年後、清康は家臣によって殺され、子の広忠が跡を継いだ。

 天文16(1547)年、広忠は尾張国(愛知県西部)の織田氏の圧力に対して、遠江(とうとうみ)国(静岡県西部)・駿河国(静岡県中央部)を支配する今川氏に救援を求める。その代わりに、家康は今川氏への人質として送られた。

 ところが2年後、広忠が没し、岡崎城は今川氏の城代が置かれ、松平氏の家臣たちは、辛酸(しんさん)をなめることとなる。

 

産経デジタルサービス

IGN JAPAN

世界最大級のビデオゲームメディア「IGN」の日本版がついに登場!もっとゲームを楽しめる情報をお届けします。

産経オンライン英会話

90%以上の受講生が継続。ISO認証取得で安心品質のマンツーマン英会話が毎日受講できて月5980円!《体験2回無料》

サイクリスト

ツール・ド・フランスから自転車通勤、ロードバイク試乗記まで、サイクリングのあらゆる楽しみを届けます。

ソナエ

「ソナエ 安心のお墓探し」では、厳選されたお墓情報を紹介! 相続、葬儀、介護などのニュースもお届けします。