【日本の国境を直視せよ!】北方領土、「優雅な無視」から27年 ソ連崩壊直前“閉ざされた島”択捉島で聞いた島民の思いは… (1/2ページ)

2017.01.25

択捉島の主産業は漁業。仕事終えて一息つく漁師たち
択捉島の主産業は漁業。仕事終えて一息つく漁師たち【拡大】

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 北方四島は東西冷戦時代から、軍事上の最重要基地であった。島の中で最も面積の広い択捉島には防空基地があり、最新鋭戦闘機が常に配備されていた。だから外国人はおろか、ロシア人でも国家警察の特別入境許可が必要な「閉ざされた島」だったのだ。

 ソ連崩壊の前夜ともいえる1990年5月、筆者は幸運にも、戦後初めてのジャーナリストとして択捉島に入境した。霧に閉ざされた悪天候の間隙を縫って着陸した天寧(ていね)空港(ロシア名・ブレヴェスニク空港)には国境警備軍の兵士があふれ、滑走路の奥には4機のミグ29戦闘機、ツポレフ爆撃機、ミル・ヘリコプターなどが並んでいた。

 当時、ソ連は経済不況の真っただなか、島で自給できない生活物資も届かず困惑していた。何の手も打ってくれない遠いモスクワの中央政府よりも、経済的に豊かでより近い日本に目が向いていたのかもしれない。そんな時に、日本人ジャーナリストがやってきたのだ。島で聞いてみた。

 「島民たちは日ソ間に領土問題があることはよく知っています。私自身も領土問題は残った課題だと思う」(島で唯一の新聞『クラースヌイ・マヤーク』編集長)

 「個人的意見ですが、もし領土問題がなかったらモスクワ政府はもっと恒久的なインフラを整備し、島の発展に関心を持ったでしょうね」(クーチェル・クリル区長)

 また、筆者が宿泊したサナトリウム(療養所=島には外国人用のホテルがなかった)の女性従業員は「島が日本に復帰したら、飲んだくれのぐうたら亭主と別れて日本人と再婚するわよ。アハハ!」と笑った。

 

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