丸亀城 瀬戸内海に面する要害、キリシタン蜂起に備え再建 (1/2ページ)

2017.03.11

丸亀城
丸亀城【拡大】

 丸亀平野と備讃(びさん)瀬戸を見下ろす標高66メートルの亀山の頂上に3層3階の天守を持つ丸亀城(香川県丸亀市)は、石垣の美しさで知られている。丸亀城天守は現存する全国12の天守の中で、最も小さい。反対に石垣の総面積は江戸城を除いて日本一である。

 丸亀城は天正15(1587)年、豊臣秀吉により讃岐国(香川県)15万石に封じられた生駒親正(いこま・ちかまさ)が高松城(香川県高松市)を築いた後、慶長2(1597)年に、その支城として築いたのが最初である。

 生駒氏は慶長5(1600)年の関ケ原の合戦では、親子で徳川方(東軍)と豊臣方(西軍)に分かれて戦った。親正は豊臣方だったが、嫡男、一正(かずまさ)が徳川方として武功を立てたため、家督は一正が継いだ。

 一正は慶長6(1601)年、丸亀城に入城したが、翌年、高松城に移ってからは丸亀城には城代を置いていた。だが、元和元(1615)年の一国一城令によって、丸亀城は一時廃城となる。

 生駒氏がお家騒動で改易になると、寛永18(1641)年に讃岐国は東西に分割され、山崎家治(いえはる)は西讃岐に5万3000石で入封する。この年、家治は当時の大名の重大な義務の1つであった参勤交代を免除されたうえ、徳川幕府から丸亀城の再建の費用として銀300貫を賜り、天守を始め12の櫓と8基の城門を再建した。

 

産経デジタルサービス

IGN JAPAN

世界最大級のビデオゲームメディア「IGN」の日本版がついに登場!もっとゲームを楽しめる情報をお届けします。

産経オンライン英会話

90%以上の受講生が継続。ISO認証取得で安心品質のマンツーマン英会話が毎日受講できて月5980円!《体験2回無料》

サイクリスト

ツール・ド・フランスから自転車通勤、ロードバイク試乗記まで、サイクリングのあらゆる楽しみを届けます。

ソナエ

「ソナエ 安心のお墓探し」では、厳選されたお墓情報を紹介! 相続、葬儀、介護などのニュースもお届けします。