島原城 「島原の乱」後、城主は打ち首に 大規模な近世城郭 (1/2ページ)

★島原城

2017.03.26

島原城
島原城【拡大】

 戦国時代から江戸時代初期にかけ、島原半島はキリシタン大名の有馬氏が支配していた。領民にもキリシタンが多く、徳川幕府が「キリスト教禁止令」を打ち出しても数は減らなかった。

 慶長7(1612)年、有馬晴信(はるのぶ)は岡本大八事件に連座して自刃(じじん)した。嫡男、直純が跡を継ぐが、有馬氏は日向国(宮崎県)延岡藩に転封となる。代わって、大和国(奈良県)五条から関ケ原の合戦や大坂夏の陣で武功をあげた松倉重政(しげまさ)が4万石で入封する。

 有馬氏の本拠は日野江城(長崎県南島原市)だったが、島原半島の南に偏っていたため、松倉氏は新たな城を築城することを幕府に願い出た。

 すでに一国一城令が出ていたものの、幕府は九州に多い外様大名の牽制(けんせい)並びに、対キリシタン政策のために築城を許可した。

 元和4(1618)年、雲仙岳の裾野が広がる地に築城を開始し、7年の歳月と延べ100万人の役夫を動員して、4万石の分限をはるかに超える大規模な近世城郭とし完成したのが島原城(長崎県島原市)だ。

 

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