「ハチの一刺し」は、ロッキード事件に関連することばだ。「ハチは一度人を刺したら死ぬと言われています。今のわたしはハチと同じ心境です」。田中被告側が必死に無罪を主張している最中、検察側証人の切り札として東京地裁に出廷し、次々と重大発言を繰り返した、榎本三恵子氏の記者会見での発言である。
銀座の美人ホステス、ショートカットが似合う抜群のプロポーション、田中角栄元首相秘書官の前妻。渦中の人物にマスコミはいっせいに飛びついた。
この年の主な事件は、「東京地検、投資集団誠備グループのリーダー、脱税容疑で逮捕」「中国残留日本人孤児47人初の正式来日」「臨時行政調査会(第2臨調、土光敏夫会長)発足」「神戸ポートアイランド博覧会(ポートピア)開幕」、「ノーベル平和賞受賞のマザー・テレサ来日」「ポーランド自主労組『連帯』のワレサ議長来日」「東京・深川の商店街で通り魔殺人事件発生」「三和銀行茨木支店の女子行員、オンラインシステムで1億3000万円詐取」「厚生省が丸山ワクチンを治験薬に指定」「北炭夕張新炭鉱ガス突出事故、93人死亡」「福井謙一氏、ノーベル化学賞受賞」「沖縄本島与那覇岳で新種の鳥を発見。『ヤンバルクイナ』と命名」「東京芸大教授、名器ガダニーニ鑑定書偽造事件にからむ収賄容疑で逮捕」など。
郵便はがきは40円の時代。黒柳徹子の『窓ぎわのトットちゃん』がベストセラー。洋画『エレファント・マン』、テレビドラマは『北の国から』が人気になった。
22歳離れた年の差婚の末の逆襲。そんな男女の物語は、事件の核心とは関係がない。だが、話題になれば何でもあり、(今にもつながる)そんな当時の世相も手伝い、榎本氏は、バラエティー番組出演にヌード写真集発売、目を見張るほどの、「時の人」になっていった。 (中丸謙一朗)
〈昭和56(1981)年の流行歌〉 「ルビーの指環」(寺尾聰)「チェリーブラッサム」(松田聖子)「奥飛騨慕情」(竜鉄也)