これに関し、北京中米連合医院の陳中華院長は最近、暴力事件多発の最大の原因が医院と医者の「医療腐敗」にあると指摘した。腐敗する医院や医者の理不尽によって追い詰められて暴力行為に及んだ患者やその親族にはむしろ同情すべきだと彼はいう。
陳氏曰(いわ)く、中国の多くの病院では今、医者が手術する度に患者やその家族に法外な「袖の下」を強要したり、増収のために患者に不必要な薬を高く売りつけたりするような「医療腐敗」が横行している。その結果、患者と家族は医者に対し普段から不信感をもっており、患者の身に何かが起きれば、本人や親族の憤懣(ふんまん)は医者と医院に向いてしまうのである。
自分自身が医院の経営者であり、医者でもある陳氏がこう語るのだから、かなりの説得力があろう。実際、中国の医療界の腐敗には目を覆うばかりのひどさがある。
たとえば今年8月、陝西省渭南市富平県の産婦人科医院で、医師が「赤ちゃんに先天的な伝染病や障害がある」と母親や家族に告げ、生まれたばかりの健康な赤ちゃんを人に売った事件が起きた。
9月には、北京市海淀区にある病院で、患者が逆に医者から暴力を振るわれ、医者・病院職員と患者家族との大乱闘が起きるような出来事もあった。
とにかく中国では今、医者や医院が患者とその家族を食い物にする腐敗が広がる一方、患者と家族の医者・医院に対する不信感と憎悪が高まり、それが結局、人の命を救うための医院を暴力と殺人の場にしてしまった。
腐敗に手を染める医者、暴力に訴える患者、どちらにしても、病んでいるのは「心」の方であろう。医院での暴力事件の多発は、この国全体がかかっている深刻な「社会病」の象徴なのである。
近代中国の大文豪・魯迅は若い頃医者を目指していたが、中国人の最大の病気は「心の病」だと悟って、それを治すための文学の道へと転身したという。
この国が今、もっとも必要とするのは、やはり「魯迅」ではないだろうか。
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【プロフィル】石平
せき・へい 1962年中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、日本国籍を取得。