「自由と民主主義に立脚した立憲主義を断固として守る」
民進党の綱領はこう高らかにうたっている。一時は、「立憲民主党」という党名も模索しただけに、よほど立憲主義に強い思い入れがあるのだろう。
以前は、新聞紙面でほとんど見かけなかったこの言葉だが、昨年の安全保障関連法審議と憲法解釈の議論などをきっかけに、メディアに頻繁に登場するようになった。
定義はいろいろできるにしろ、おおよそ「政府による統治行為を憲法にのっとって行う原理」「権力者の恣意(しい)によってではなく、法に従って権力が行使されるべきだとの原則」といった意味である。
民進党をはじめ野党や一部メディア、憲法学者らは、例えば安倍晋三首相の憲法観を語る際に「立憲主義に真っ向から反する」(菅直人元首相)などと批判する文脈で多用する。安倍首相やその政権が憲法を軽視しているとレッテルを貼るのに、使い勝手がよい言葉でもあるようだ。
とはいえ、民進党がまるで立憲主義の守護者か、忠実な履行者であるかのように振る舞うのには違和感を覚える。民進党の前身である民主党の政権担当時は、果たしてどうだったか。
試みに、菅政権当時のことを少し振り返ってみたい。菅氏という「憲法には三権分立だなんてどこにも書いていない」と三権分立の原則を否定し、「民主主義とは期限を区切った独裁」を持論とする為政者をいただいた時代である。
菅氏は、首相就任3カ月の時点で起きた平成22年9月の中国漁船衝突事件では、海上保安庁の巡視船に体当たりした中国人船長を超法規的に釈放・不起訴とさせた。
天皇陛下に習近平・中国国家副主席(当時)とのルール破りの「特例会見」を強いた鳩山由紀夫政権と合わせ、中国に日本は恫喝(どうかつ)すれば法をねじ曲げて対応する「人治国家」であると思わせた弊害は大きい。