「大空のロマン」語り継ぐ昭和の傑作機 戦後復興の証「YS−11」 (1/2ページ)

2017.06.02

 会場内に、名曲「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」の優しくも切ない旋律と歌声が流れた。それに合わせるかのように、青空をバックに飛行する純白の機体。第3輸送航空隊第403飛行隊のYS−11である。5月28日に美保基地(鳥取県)で行われた約5万人の観衆が見守るラストフライトでのワンシーンだ。

 YS−11は、第二次世界大戦後に初めて日本で開発された旅客機である。製造したのは、1959年に設立された日本航空機製造だ。同機の開発には、零戦を設計した堀越二郎氏や、隼を設計した太田稔氏、二式大艇を設計した菊原静男氏など、そうそうたるメンバーが顔をそろえた。戦後復興の1つの証しとして、特別な意味を持つ飛行機となった。

 62年8月30日に初飛行に成功した。国内のみならず、海外の航空会社でも使用される傑作機となった。官公庁でも、運輸省や海上保安庁、そして防衛庁も、航空自衛隊で13機、海上自衛隊で10機を配備した。

 半世紀近く日本の空を飛び続けるが、寄る年波には勝てず、次々と引退した。海自では2014年に全機が引退した。

 今回、美保基地でラストフライトを行った152号機は、空自に残された最後の人員輸送型のYS−11だ。電子情報収集機など別の任務用に改造された機体もあるが、こちらはソファを有したラウンジ区画を作るなど要人輸送に特化した。

 試作機を含め、すべての機体は、県営名古屋飛行場にある三菱小牧工場で製造された。152号機は1965年に配備される。座席を備えた輸送機は非常に重宝され、天皇陛下も搭乗された歴史を持つ。日本全国を飛び回り、52年間で、飛行時間は2万3872時間を超えた。ついに肩をたたかれる日が来た。

 

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