SB日本一で工藤監督、DeNAとの遺恨激白「わかんねぇ~な」 6年前に監督就任寸前で交渉決裂

工藤監督は激闘を終え、感慨深げにラミレス監督(左)と握手

 今年の日本シリーズはソフトバンクが第6戦(4日=ヤフオクドーム)に延長11回の末、劇的なサヨナラ勝ち。セ・リーグ3位から勝ち上がり大健闘の横浜DeNAを振り切り、4勝2敗で2年ぶりの日本一を決めた。工藤公康監督(54)にとってDeNAは、監督就任寸前までいきながら破談になった因縁のチーム。その心中を、試合終了約4時間後の5日午前3時過ぎに直撃した。(塚沢健太郎)

 ソフトバンクとDeNAは、パ・リーグ優勝とセ・リーグ3位。平均年俸は2年連続12球団トップ(7013万円)と6年連続最下位(2600万円)。13年間の交流戦通算成績はソフトバンクの36勝16敗1分けと“格差”があったが、内容は大接戦だった。

 工藤監督は日本一が決まると「泣かないと決めていたけど、一瞬にしていろんなことを思い出した」と涙を流して喜んだが、“いろんなこと”の中には6年前の出来事も含まれていただろう。

 工藤監督は2007年から3年間、現役投手としてベイスターズに在籍。そして11年オフ、球団を買収したDeNAは初代監督候補として工藤監督と交渉を続けたが、最終的に高田繁GM(72)とコーチ人事などをめぐって決裂し破談。いま工藤監督の参謀役を務めている達川光男ヘッドコーチ(62)の入閣が認められなかったことも、決裂の一因といわれた。

 しかし、そのおかげ(?)で工藤監督は3年後の14年オフにソフトバンクの監督に就任。投手出身としては藤田元司監督(巨人)に続き史上2人目となる「日本一2度」を達成した。達川ヘッドも今季ソフトバンクに加入している。

 そんな工藤監督がDeNAのことをどう思っているのか、心中を聞かずにはいられない。第6戦終了から4時間後の午前3時15分。テレビ各局の特番収録をようやく終えた工藤監督を、ヤフオクドーム内で直撃した。

 --お疲れさまです

 「もう3時か、いや3時過ぎてるか!?」

 --ウイニングボールは? 2007年に巨人がサヨナラでリーグ優勝を決めたときはドタバタの中で紛失したそうですが…

 「もらったよ。選手にサインをしてもらいました」

 --安心しました。ところで、ベイスターズのことを聞きたい

 「もう(選手には)ほとんど知っている人はいないからね。コーチになっている人たちばかりだから」

 --古巣という意識はなかったか

 「3年間お世話になったことは間違いないけど、DeNAになる前だから。でも、本当にいいチームになったね」

 --初代監督を要請され破談になったことは

 「それはもう、いろいろ…。全然気にしてないよ!」

 --あそこでDeNAの監督になっていたら、どうなっていたか

 「わかんねぇ~な(笑)。俺だったらここまでのチームを作れたかどうか…。ラミレス監督はすごいよ」

 工藤監督は日本一決定直後の会見でも、DeNAについて「投げ込んでくる1球は思い切って投げてきますし、打つ方も思いきって打ってくる。ラミレス監督には『素晴らしいチームを作られましたね』と握手したときに話をしたんですけど。本当に強かった」としみじみと話した。

 一方、達川ヘッドコーチは「ワシは(当時)工藤監督から誘われてもいないし、ワシのところまで話がきていないから、全然何とも思っていない。3位から日本シリーズに出てきたし尊敬してますよ。素晴らしい。恨みつらみはございません」と何とも怪しい口調で遺恨を否定した。仮にDeNA入りしていたら、この日本一の喜びを味わえなかった可能性が高いだけに、結果的にはよかったといえる。

 工藤監督は夕刊フジの直撃後、残っていた報道陣の取材に10分ほど答え、深夜3時30分に帰途に就いたのだった。