【貴騒動を斬る】貴乃花親方、計算違いだった理事落選の背景 8年前の初当選時には吹いた「風」

貴乃花親方

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 角界を激震させている、これまでの一連の騒動を振り返ってみると、貴乃花親方は最後に大きな計算間違いをしでかしたといえる。それは理事選でたった2票しか得ることができず、惨敗したことに集約される。

 なぜ、貴乃花親方はあんな勝ち目のない大勝負に打って出たのか。理由は1つ。かつて望外の大勝ちを収めたことがあるからだ。

 平成22(2010)年1月、当時37歳だった貴乃花親方は年功序列で決まる旧態依然とした二所ノ関一門の理事候補選びに猛反発。「まだ若いんだ。1期か、2期待て。そうすれば必ずお前の時代がやってくる」と引き留める周囲を振り切り、6人の仲間とともに一門を飛び出し、新グループを結成。直後に行われた理事選に打って出た。

 当選ラインは10票といわれ、手持ちの票は自分を含めて7票。どうソロバンをはじいても落選は確実で、貴乃花親方は「ただ信念あるのみ。自分の中のすべてを賭けて闘うだけです」と腹をくくった発言をしていた。

 ところが、奇跡が起こった。すでに6期、12年も理事を務めていたベテランの大島理事(元大関旭国)の続投に反発する立浪・伊勢ケ浜連合の離反票を取り込み、みごとに当選したのだ。

 その後の理事選でも、貴乃花親方は一門外からかなりの支持票を得ていたとみられ、自信を膨らませてきたはず。おそらく今回も「(自分への得票が)1票や2票ということはあるまい」と踏んでいたはずだ。しかし、あてにしていた浮動票はまったくなかった。

 なぜ計算は狂ったのか。8年前に貴乃花親方が初当選した頃の大相撲界は、時津風部屋の新弟子死亡事件など不祥事が相次ぎ、若く、新しい力の台頭が求められていた。現在は人気も回復し、協会運営もすこぶる安定。もうあのときのような追い風は吹いていなかったのだ。

 貴乃花親方は明らかに読みを間違った。レジェンド葛西だって、平昌五輪で風を味方にできなければ予選落ちする。孤立無援となった貴乃花親方がこれからどうやって再度風を起こし、巻き返すか。次に打つ手は何か。=つづく(大見信昭)