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安打製造機・カルーの“凄すぎる数字” 記録抜いたイチローとある“約束”も

 マーリンズのイチロー外野手がまたも金字塔を打ち立てた。かつての安打製造機ロッド・カルー(パナマ出身)を抜いて、米国出身以外の選手のメジャー通算最多安打記録となったことに、本人も感慨深げだ。

 カルーは1945年、パナマ運河沿いを走る列車の中で生まれた。14歳の時にニューヨークへ移住し、「野球に夢中になった」と言う。高校時代、自宅近くのヤンキースタジアムで練習に参加し、痩せっぽちの少年が右翼席まで打球を飛ばした。

 64年、まだドラフトがなく自由競争の時代、高校卒業と同時にツインズ入団。67年にマイナー傘下1Aから一足飛びで大リーグに昇格し、2番二塁に定着。左打席から得意のスプレー打法で打率・292を残し、ア・リーグ新人王に輝いた。

 69年、大リーグ3年目に初の首位打者を獲得。以来、新時代の象徴の独特なクラウチングスタイルで変化球にも対応し、78年までの10年間に7度も首位打者に輝いた。タイ・カッブの12回、ホーナス・ワグナーの8回に次ぐ記録だった。

 特に77年は驚異の打率・388をマーク。41年のテッド・ウイリアムズ以来の4割打者誕生かと騒がれ、米国のニュース雑誌「タイム」の表紙も飾った。筆者は当時2カ月半にわたって全米各地で野球観戦していたので、その熱狂ぶりを肌で感じた。

 79年エンゼルスに移籍し、オフに日米野球で来日。83年は球宴前に打率・402を残し、またも夢の4割かと騒がれた。85年に史上16人目の通算3000安打を達成。米国出身以外で最多の3053本まで数字を伸ばしバットを置いた。

 91年、米野球殿堂入り有資格1年目にパナマ出身選手として初の殿堂入り。ツインズ、エンゼルス両球団で彼の背番号29は永久欠番となった。そんなカルーがイチローに「クーパーズタウンで会おう」というメッセージを寄せたという。

 昨年12月、カルーは心臓と腎臓の移植手術を受け、現在カリフォルニア州の自宅で静養中。ニューヨーク州クーパーズタウンにおいてイチローが殿堂入りする日まで、カルーには元気でいてくれることを願う。(大リーグ評論家・福島良一)

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