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【2・9平昌五輪開幕 日本代表マル秘ストーリー】小平奈緒の選手生命を救った信州の有名病院 頭を悩ませた理事長が出した答え (2/3ページ)

 「相澤先生は“義を見てせざるは…”という精神を持つ方です。『困っている人をなんとか助けなきゃ』と初めから思っていたのでしょう」

 当時、同病院の職員はパートを含めて約1400人。「1400分の1だったら、なんとかできるのではないですか。先生がやりたいなら私は賛成ですよ」と塚本さんが賛成し、相澤病院は見も知らぬ女子大生を救うことになった。

 「最初の面接は、確か2009年の3月末でした」。当時人事部長で、現在は相澤健康センターの副センター長の大久保富美江さん(67)が振り返る。本来の就職活動の時期からは大きく遅れていた。

 「だから、彼女の同期100人は通常通り4月1日付で入社しましたが、彼女だけは16日付なのです」

 「初対面では清楚な人、という印象を受けました。自己主張するタイプではなく、ちょっと控えめ。それでいて、彼女のトレードマークである四つ葉のクローバーのように、周りを幸せな気持ちにする人です」と大久保さんはいう。

 小平の人柄は三十路のいまも変わらず、便箋などに四つ葉のクローバーのイラストが入ったものを愛用。自身のウェブサイトの名前は『クローバーリンク』だ。

 相澤病院にはスケート部があるわけではなく、所属アスリートも小平ただ1人。小平は電車で1時間ほどかかる長野市のスケートリンク「エムウェーブ」を拠点に、大学時代から師事する結城匡啓コーチ(52)の指導を受けている。

 当初は、午前中に2時間ほど病院で働き、長野市へ移動して午後から練習するプランもあった。

 しかし、「そんな生活をしていたら両方ともダメになる。『(2010年の)バンクーバー五輪まで競技に専念してもらおうよ』と決めました。もし目標がかなわなかったら、うちで働いてくれればいい」とスポンサーとして生活を支える形を取っている。

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