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【小田幸平 ODAの第2捕手目線】胃がんから復帰、広島・赤松の言葉が胸に迫りました ワタクシのなけなしの記録を破った男 (2/2ページ)

 そして、奥様の献身的な支えがありました。そもそも、がんが発見された人間ドックも、奥様に「受けてみたら?」と勧められたもの。「あのひとことがなかったら、今ごろどうなっていたかわからない。看病してくれたことを含めて、感謝しきれない。恩返ししたいです」と感慨深げに語る赤松でした。

 昨年7月、がんの再発が見られなかったことから3軍の練習に復帰。9月18日に甲子園で広島のリーグ優勝が決まったときには、呼ばれて胴上げ、ビールかけに参加しました。

 「(チームメートに)おめでとうと言って回りました。僕自身すごくうれしくて、1年前の優勝とは違う喜びがありましたね」

 普段から広島というチームのことを思い、自分の戦線離脱中も心の底から応援していた男らしい言葉でした。こういう選手がいるチームは、強くなっていくものです。

 今春キャンプは2軍に合流して山口県岩国市でスタートを切り、6日からは練習場を宮崎県日南市に移しています。

 ちなみに赤松は、ワタクシ小田幸平のなけなしの記録を破った男でもあります。僕は2005年オフに野口茂樹投手の人的補償として巨人から中日に移籍し、06年以降9年間現役を続けました。これは人的補償選手として史上最長だったのですが、これに16年の時点で追いついたのが、07年オフに新井貴浩の人的補償で阪神から広島に移籍した赤松でした。記録更新の昨年は思わぬ形で棒に振りましたが、今年は名実ともに僕の記録を破るわけです。

 そんな縁のある赤松に、僕は「本当にこの人だけにだけは頑張ってほしい」と強く思います。2軍でも1軍でも、彼が今季最初に出場する試合には、ぜひ足を運びたいと思っています。

 ■小田幸平(おだ・こうへい) 1977年3月15日、兵庫県生まれ。市川高から三菱重工神戸をへて、97年ドラフト4位で巨人入り。2005年中日へ移籍。14年引退。プロ17年間ではレギュラーにはなれなかったが、“第2捕手”として評価が高く、お立ち台での決めゼリフ「やりましたーっ!」で人気を博した。愛称はODA(オーディーエー)。

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