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【桂春蝶の蝶々発止。】グリッドガール「廃止」は行き過ぎだ、女性の生き場所奪うことに (1/2ページ)

 女権拡張論者、いわゆる「フェミニスト」の主張はとても大切です。男女は絶対に「平等・同権」でなくてはなりません。だが、人種や性別などの違いによる差別をなくそうとする「ポリティカル・コレクトネス」(政治的公正さ)も行き過ぎれば、逆に女性の生き場所を奪ってしまうことになりかねません。

 それは本当に「女性のため」と言えるのでしょうか?

 先日、F1でプラカードなどを掲げてきた「グリッドガール」が廃止されるという報道を目にしました。「現代の社会規範にそぐわない」という理由だそうです。フェミニストが、グリッドガールや、格闘技のラウンドガール、ミスコンなどを「女性蔑視だ」と主張してきた活動が、ジワジワ効いてきたんでしょうか?

 しかし、私は単純に、どんな仕事でも「やりたい人に任せたらええやん」と思うんですよ。仕事に誇りを持ち、人生をかけ、人々をひきつけること。それを邪魔することは、誰にもできないのではないですか?

 F1のグリッドガールを5回務めたレベッカ・クーパーさんは、次のように話していました。

 「私たちは、自分たちが愛し、誇りを持っていた仕事を辞めさせられた。ポリティカル・コレクトネスは行き過ぎています。私たちが仕事を辞めれば、他の仕事はどうなりますか? チアガールもダメですか? 女性シンガーはステージ上で何を着るかを決められ、『女性モデルは雑誌に出てはいけない』と言われる。私は自分が着るものを選ぶ権利、愛する仕事を続ける権利のために戦ってゆきます」

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