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衣笠さん、豪快すぎる鉄人伝説 深夜2時に泥酔パンツ一丁で素振り… (1/3ページ)

 23日夜に上行結腸がんのため71歳で死去した元広島の衣笠祥雄(きぬがさ・さちお)さん。プロ野球記録の2215試合連続出場を達成し、国民栄誉賞を受賞して昭和の野球ブームを牽引した。鋼の体と精神力を穏やかな人柄で包み、ファンから愛されたが、知る人ぞ知る、「鉄人」と呼ばれた男ならではの豪快過ぎる伝説の持ち主だ。

 ■真っ赤な外車を駆り

 衣笠さんは1965年に京都・平安高(現龍谷大平安高)から広島に捕手として入団し、間もなく内野手に転向した。

 衣笠さんと親交があり、かつてニッポン放送でプロ野球実況の名アナウンサーとして鳴らした深澤弘氏(82)によると、3年目までは練習に身が入らず、まだ実績もない若造にも関わらず、真っ赤な外車を乗り“スピード狂”と呼ばれていたという。

 そんな3年目のオフ、プロ入り当時の担当スカウトだった木庭教(きにわ・さとし)氏に「サチ、ちょっと話がある」と呼び出される。

 ■まさかの“引退勧告”

 「ひょっとすると、トレードに出されるのかな」と考えていた衣笠さんだが、開口一番「次の仕事を考えよう」と“引退勧告”され腰を抜かした。「おまえの取り組み方では見込みがない」とキツくお灸を据えられたという。

 「血の気が引いた。これは死んだ気になって練習しないと、と心を入れ替えた」という衣笠さんは、さっそく翌68年に一塁手として1軍のレギュラーの座を獲得。21本塁打、打率・276をマークした。

 しかし、一流選手になってもなお、昭和の野球人らしく車と酒を愛していた。

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