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【高校野球 新・名将列伝】学校、選手、父母の意識変え5年で甲子園切符 明秀日立・金沢成奉監督 (1/2ページ)

★明秀日立・金沢成奉監督(4)

 2012(平成24)年9月。監督として一つの時代を築いた光星学院(現八戸学院光星)を離れた金沢成奉(せいほう、51)は、茨城県の無名校、明秀学園日立のグラウンドに立った。

 「何もないところからチームを作り上げるのが性に合っている」。26歳で初めて指揮した光星学院もそうだった。

 移籍のきっかけは、東北福祉大の1年後輩、前監督の川和直人の存在だった。監督としての能力に限界を感じていた川和は「私が監督では甲子園に行けません。金沢さんなら行けます」と学校側に訴えた。

 金沢は周囲に「3年で甲子園に出ます」と宣言したが、初めての出場は今春。5年もかかった。「長かった。一生出られないのかと思ったこともあった」

 本当に「無」からのスタートだった。チーム内には「甲子園に行く」というムードのかけらもなかった。

 最初の夏の県大会は8強止まり。金沢は悔しさを押し殺していたが、試合を終えてグラウンドに帰ると、選手と父母は笑いながら記念写真撮影に興じた。父母には「ここ(8強)まで連れてきてくれて、ありがとうございます」と感謝された。

 「衝撃的だった。ベスト8でいいのか、と…」

 金沢は学校、選手、そして父母の意識を変えることから始め、甲子園までに5年を要した。

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