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村田VSドン山根会長…確執の全真相 新プロ団体「APB」設立での村田引き抜き失敗で亀裂か… (3/3ページ)

 「清水自身はそんなものに参加したくはなかったでしょうが、参加を承認しないと、次のリオ五輪を目指せない状況だったんです」と関係者。

 結局、停止処分のブランクが響き、清水は予選で敗北。16年にアマチュアを抜け、APBではない既存のプロに入った。村田も清水も現在プロで活躍しているが、五輪直後はともに「絶対にプロにはならない」と完全否定しており、それこそ山根会長に気を使ったものだった。

 村田のプロ入り後、怒った山根会長は強硬策に出ている。全てのアマ選手に対し、プロと関与しない旨の誓約書を義務付けるルールを作ったのである。しかし、これこそが全国のアマ関係者を困らせた最大の問題のひとつだった。

 アマの中高生ボクサーの中にはプロのジムに通っている少年少女も多く、ジム主催のジュニア大会にも並行して参加していたが、五輪に繋がる公式アマ大会への参加を望む場合、プロのジムとは絶縁しなければならなくなったのだ。

 「家から近いからと駅前のジムに通ってボクシングをやるようになった学生ボクサーも、その時点で将来プロを目指すのか、アマで五輪を目指すのか、二者択一で決めなければいけないのですから、あまりに理不尽な話なんです」(同)

 これまで青少年の教育という大義を掲げてきた連盟だが、その実態は身勝手な大人の事情を見せつけるだけとなっており、それを主導した山根会長の独裁的運営はもっと早く止めるべきだった。スーパーヒーローとなった村田でさえ一時的に悪者扱いされていたのだから、「潔く辞めろ」と言われても返す言葉はないはずだ。

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