記事詳細

【一番近くで見た 西武ライオンズ40年】球界への貢献度抜群! 選手徹底管理の「広岡野球」継承で多くの優勝監督が誕生 (1/2ページ)

★(3)

 1978年オフ、西武が福岡を本拠地としていたクラウンライターライオンズを買収し、埼玉に「西武ライオンズ」が誕生してから今年で40周年。リーグ優勝16回、日本一10回の栄光もさることながら、個性的で愉快な面々が球団史を紡いできた。長年に渡り専属リポーター、コメンテーターを務め、表も裏も知り尽くす中川充四郎氏(67)が、取っておきの秘話を公開。

 

 強豪チームの力は、その時期に働いた選手がのちに監督に就く人数でも計れる。

 西武OBでは東尾修(西武)、伊原春樹(西武、オリックス)、石毛宏典(オリックス)、伊東勤(西武、ロッテ)、渡辺久信(西武)、秋山幸二(ソフトバンク)、工藤公康(ソフトバンク)、大久保博元(楽天)、田辺徳雄(西武)、辻発彦(西武)、森繁和(中日)と数多い。そのうち半数を超える6人がリーグ優勝や日本一を経験している。「球界貢献度」では、V9時代の巨人と双璧だろう。

 巨人組は「川上(哲治)野球」を継承し指揮を執ったが、西武組は「広岡(達朗)野球がお手本」と誰もが口する。

 投手陣を充実させての守り重視の野球だが、広岡監督は選手の私生活まで管理し、強い反発があったのも事実だ。例えば食生活。「白米はダメ、玄米にしなさい。牛乳はダメ、豆乳にしなさい」などなど。選手夫人を集めて講習会を開いたほど徹底していた。

 キャンプや遠征宿舎での夕食時のアルコールは当然禁止。どうしてもビールがないと食事が進まない東尾は、宿舎ホテルの従業員に頼みアルミのやかんにビールを入れてもらい、湯飲み茶碗で飲んで食欲を増進させていた。ずっと後になって、その話を広岡氏に伝えたところ「ハッハッハッ、トンビらしいな」と目を細めていたが、現行犯で見つかったら、どんなペナルティーが科せられただろう。

関連ニュース