記事詳細

【一番近くで見た 西武ライオンズ40年】「打倒日本ハム」で宿敵から移籍の江夏豊氏 空港で投手コーチと押し問答「何でメンバーに入ってないの?」 (1/2ページ)

★(7)

 1978年オフ、西武が福岡を本拠地としていたクラウンライターライオンズを買収し、埼玉に「西武ライオンズ」が誕生してから今年で40周年。リーグ優勝16回、日本一10回の栄光もさることながら、個性的で愉快な面々が球団史を紡いできた。長年に渡り専属リポーター、コメンテーターを務め、表も裏も知り尽くす中川充四郎氏(67)が、取っておきの秘話を公開。

 広岡達朗監督が就任した1982年、西武のライバルは日本ハムだった。前年のパのチャンピオンで、82年の後期優勝チーム。前期を制した西武は、10月に行われたプレーオフで下し日本シリーズに駒を進めたが、広岡監督の胸の内は「打倒日本ハム」で満ちていた。そこで相手の弱体化を図るため、守護神・江夏豊をトレードで獲得したのが83年オフ。あえて伸び盛りの柴田保光、木村広の両投手を交換要員としたのも、広岡監督の執念の表れだった。

 こうして迎えた84年、アリゾナ・メサで行われた春季キャンプで初めて江夏を取材した。

 コワモテで近寄り難い雰囲気を醸し出していたが、話してみると先入観はすぐに消えた。最初の会話は野球に関するものではなく、「アメリカに来て恋しくなる食べ物は何ですか?」と聞いてみた。一瞬けげんな顔をして「何だ、コイツ」と思ったようだ。しかし、すぐに柔和な表情で「せんべいだな。日本で買い込んで大量に持ってきたよ」。下戸で、せんべいをかじりながらお茶を飲むのが楽しみだという。

関連ニュース