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【一番近くで見た 西武ライオンズ40年】鋼の精神力!東尾修、若手に慕われた「男っぷり」と「飲みっぷり」 (1/2ページ)

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 1978年オフ、西武が福岡を本拠地としていたクラウンライターライオンズを買収し、埼玉に「西武ライオンズ」が誕生してから今年で40周年。リーグ優勝16回、日本一10回の栄光もさることながら、個性的で愉快な面々が球団史を紡いできた。長年に渡り専属リポーター、コメンテーターを務め、表も裏も知り尽くす中川充四郎氏(67)が、取っておきの秘話を公開。

 1978年に誕生した西武ライオンズには、82年に工藤公康、84年に渡辺久信、86年に清原和博というように、次々と有望な若手が入団。彼らは、ひとりのベテラン選手から大きな影響を受けた。

 プロ野球選手としてひたすら練習に励み、試合で力を発揮するには、私生活上でも具体的な目標が必要だ。

 東尾修は「プロで成功すると、うまいものを食えて、いい車に乗れて、奇麗なおねえちゃんと…」と若手の耳元でささやき発奮させた。これを“忠実に”実行したのが工藤、渡辺、清原ら。石毛宏典、辻発彦ら妻帯者は別で、独身選手に限ってのアドバイスだった。

 私がラジオの仕事を始めて、最初に一緒にお酒を飲んだのが東尾。同い年ということもあり、大阪でのデーゲーム終了後に誘われた。これも同い年の喜劇役者、3代目博多淡海が経営するスナック「多恋人(タレント)」という店。カウンターに並んで座ったとき、胸板の厚さに驚いた。ユニホーム姿の時には気づかなかったが、ピッタリとした私服だったので強調されていたのだ。

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