記事詳細

松井秀喜氏「連続5敬遠」から四半世紀ぶりによみがえる因縁 “伝説の試合”当事者…かつて星稜、明徳選手だった両監督が12日対戦 (1/3ページ)

 四半世紀のときを超え、夏の甲子園にあの因縁がよみがえる。12日に予定されている第8日の2回戦で、星稜(石川)・林和成(43)、済美(愛媛)・中矢太(44)の両監督が激突する。2人は26年前の1992年夏、当時星稜の松井秀喜氏(44)が明徳義塾(高知)に5打席連続敬遠された試合に選手として参加していた。いまなお語り継がれ、松井氏が今大会開幕日の始球式を務めたことで改めてクローズアップされている伝説の試合の当事者が、相まみえる。 (片岡将)

 「私もそれを聞いてびっくりしたんです。本当にいろいろと縁がありますよね…」

 相手の監督の経歴を知り、星稜・林監督は深々と息を吐いた。

 92年の第74回大会2回戦の明徳義塾戦では「2番・遊撃」で先発。2年生にして1年先輩の松井氏と三遊間コンビを組んでいた。

 「試合に入っていたし、最初は自分が走者に出ていたりしたので、松井さんが徹底的に避けられていることに気づかなかったんです。気づいたのは、5回の3つ目の四球のとき。私が安打で出た後、1死一塁から歩かされたので、『これは徹底されとるな』と。球場の雰囲気も異様になっていました」

 規格外のパワーを誇った“ゴジラ”に対し、明徳・馬淵史郎監督(62)が下した決断は全打席敬遠。

 松井氏はこの試合でスコア0-0の1回2死三塁、0-2の3回1死二、三塁、1-3の5回1死一塁、2-3の7回2死走者なし、そして2-3の9回2死三塁で1度もバットを振らせてもらえず、試合には1点差で惜敗した。

関連ニュース