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山本KID徳郁さんの壮絶死 “我流”たたり満身創痍…握力も小学生並みに落ちていた (1/2ページ)

 レスリングや総合格闘技で活躍したプロ格闘家の山本KID徳郁(本名岡部徳郁=おかべ・のりふみ、旧姓山本)さんが18日、41歳で死去した。所属先が発表した。8月26日に自身のインスタグラムで、がんのため闘病していることを明かしたばかり。死因は胃がんだった。元格闘家のジャーナリストで、生前の山本さんと親交があった片岡亮氏(45)が悼んだ。

 “KID”死す。格闘技ブームを牽引したスター選手のあまりに早すぎる死には、関係者もファンも驚きを隠せない。

 五輪レスラーを父に持ち、姉の美憂(44)、妹の聖子(38)はともに世界王者の名門一家で、KIDさんも人間離れした身体能力の持ち主だった。

 当初は五輪出場を目指していたが、2001年に総合格闘技のリングでプロデビューすると、自己流の試合スタイルでKOの山を築いた。当時格闘界を席巻していた柔術系の選手らは、レスラーのタックルに対し、待ってましたとばかりに下から関節技を決めていたのだが、KIDさんは瞬発力を生かしたパンチで相手が動くより先に失神させ、寝技の攻防を許さなかった。並の選手にはできない芸当を軽々やってのけ、「オレは神の子」と言い放ち、それがニックネームになった。

 当時はヤンチャそのもので、判定を不服として控室でレフェリーを蹴飛ばしたのを見たこともある。繁華街でのケンカのウワサも度々聞こえ、試合会場でのいざこざに遭遇したこともあった。

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