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山本KID徳郁さんの壮絶死 “我流”たたり満身創痍…握力も小学生並みに落ちていた (2/2ページ)

 しかし、じっくり話してみると、動物や子供への虐待話に憤るなど、弱い者イジメが大嫌いな優しい一面があり、「国とか役所がもっとしっかりしてほしい」と私に訴えたこともあった。リングで活躍して有名になると、次第に“不良キャラ”は消えていった。

 キックボクシング経験もないのにK-1に出場し、自分の適正階級より10キロも重い相手と戦い見事KO。04年のおおみそかに魔裟斗からダウンを奪った試合で、一躍誰もが知るスターになったが、練習前後のストレッチすらしない“我流”を続けていたせいで、次第に手首や腰のケガが目立つようになっていった。

 最近10年は一転して、プロボクシングの元選手にパンチを一から教わり、人が変わったように基礎から技術をやり直す姿があった。駆け出しの頃は必要量を超えるサプリメントを摂取するなど、むちゃなことをやっていたが、近年は食品添加物を一切取らず、菜食主義になっていた。

 だが、若い頃の“我流”がたたったのだろうか。常にどこかに不調を抱える満身創痍は改善されず、試合のキャンセルが相次ぎ、7年前にアメリカ大手団体UFCに起用されても良い結果は残せなかった。プロの公式戦は15年が最後。首の神経を損傷し、握力も小学生並みに落ちていた。それでも引退は口にせず、生涯現役を貫いたが、一方で後輩の育成に力を入れていた。今年1月に私に届いたメールには、自分のことではなく「すごい逸材がいるので今度紹介します」とあった。

 もともと負傷についても詳しく明かさないことが多かったのに、8月に闘病を公にしたのは、かなり厳しい戦いとなっていたからだろう。最期まで弱音を吐かなかったのは、強い姿しか見せないKID流だった。(片岡亮)

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