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【艇王・植木通彦 不死鳥伝説】衝撃事故から復帰へ 再手術と父の厳しいアドバイス (1/2ページ)

 奇跡的に眼球には影響がなく、レーサーに必要な視力を維持できていました。私はレースに復帰できると前向きに考え、故郷の北九州総合病院でさらに大手術を受けることになりました。鼻の中央部分が複雑骨折、一部が欠損しているので、鼻骨に頭蓋骨の一部を移植する手術です。全身麻酔でかなりの時間を要しました。手術後の集中治療室では、頭部がかなりはれて包帯でグルグル巻き状態にされました。

 レース復帰に事故を起こしたボートレース桐生を選んだのは、父親の助言によるものでした。自宅には各レース場からのあっせん通知が続々と届いています。見舞いに来た父親が、「桐生からのあっせんも届いているけど、復帰は桐生からがいいんじゃないか?」と言うのです。正直驚きました。『何言ってんの?』『鬼!』なんて思いました。その時は父親には曖昧な返事を返しました。

 父親が帰った後いろいろ考えるうちに、ここで桐生を避けて他場から復帰すると、もう二度と桐生を走れなくなるような気がしました。父親はそれが分かっていてあえて「桐生からどうか?」と言ったのかもしれません。父親が放った言葉の真意は今でも分かりませんが、おそらく私の性格や今後のことを考えたアドバイスだと思います。

 そう思うようになり、桐生を復帰場所に決めました。結果的には父親のアドバイスのおかげで、復帰後のレーサー人生でたくさんのファンのみなさんに私のレースを楽しんでいただくことができ、また桐生のGI戦も優勝することができました。いまでは父親の言葉に感謝しています。

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